猶予期間(モラトリアム)のない子どもたち(4)

 学力の指針としてよく挙げられるのが全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)です。
 
 2007年に小学6年生と中学3年生を対象にはじまりました。「子どもたちの学力を把握する」というのが政府の言い分でしたが、それが目的ならば、ずっと行われてきた抽出調査で十分です。

「全員参加」になれば、我が子の成績や我が子の通う学校、地域の学力を気にする親心と、親心をくすぐる学習塾や利用しようとする政治家によって、その結果を公表せざるを得ない事態が起きることは火を見るよりも明らかでした。

全国学力テストが始まれば

勉強がわからない

 地域間や学校間、子ども同士の間でも序列や選別が起こり、子どもたちはもっとずっと早くから競争に勝つためのレールに乗せられ、子どもらしい時間を奪われることになると、さんざん言われていました。
 
 また、地域や学校、教育委員会は、どうにかして全国学力テストの順位(点数)を上げようと、場当たり的な対策が始まり、「学力向上」を錦の御旗に教員を意のままに操ろうとする輩が現れることも想像に難くありませんでした。

全国学力テストの結果で教員評価?

 前回の「相模原障害者施設殺傷事件から2年」というテーマのブログにも登場した吉村洋文大阪市長が、まさにそうです。

 大阪市がずっと「べった」(大阪弁でいう最下位)なのを「教員や校長がやる気になって指導すれば、必ず成績は上がる。今はみんなが本気になって目標に向かっている状況じゃない」(『東京新聞』2018年9月5日)と、全国学力テストの結果を教員の人事評価や手当てに反映させることを提案しています。

全人的な発達が阻害される

 こんなことがまかり通るようになれば、今以上に教員は子どもに「テストの点数稼ぎ」の勉強を強いることになります。

 今でさえ皆無に近い、さまざまな意見を出し合って議論をしたり、疑問を見つけて自分で解決したり、友達と一緒に考えながら伸びて行こうとする機会はますます無くなり、子どもたちが好奇心を持って生きてこうとする力は根絶やしにされてしまいます。

 学校はますます、子どもの全人的な発達を支える学びの場から遠ざかり、テストで測ることができる“一部の学力”だけが、偏重されていくことになります。