水族館のマグロが死んだ(3/5)

2018年1月26日

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「祭りがうるさい」と感じる人は、少なからずいるでしょう。

でも多くの場合、そうは思っても火炎瓶など投げつけません。その行為がいったいどんな代償を自分にもたらすのか、十分に予測がつきます。
だからどうしても耐えられないならば、その時間を別な場所で過ごすなど、不快感を回避する行動を取るはずです。

それなのになぜ、この男性はそうすることができなかったのか。火炎瓶らしきものを人々に投げつけた後に、自殺という最悪の幕引きを自ら選んだのか。

「死人に口なし」で、その本当の理由は推測するしかありません。でも私には、「死ぬための最後のきっかけ」を探していたのではないかという気がしてならないのです。

似通った事件

過去にも、同じような印象を持った事件がいくつもありました。

記憶に新しいのは、2008年に東京で起きた「秋葉原通り魔事件」でしょう。7人が死亡し、10人が重軽傷を負ったこの事件で逮捕され、2015年に死刑判決を受けた加藤智大死刑囚は、掲示板を成りすましで荒らされ、ネット上でも孤独を感じ、掲示板に通り魔事件を起こすと投稿するようになっていきました。

そして犯行直前には更衣室で自分の作業服が見つからなかったことから被害感を募らせ、そのまま職場放棄。「通り魔事件を起こす」との予告を掲示板に投稿を繰り返し、犯行に至りました。

その真相は?

もちろん、なぜこのような事件を起こすに至ったのかは、加藤死刑囚本人にしか分かりません。いや、もしかした本人にさえ、分かってはいないのかもしれません。
私たち人間はおうおうにして、自分の感情や本心を無意識に閉じ込め、自分でさえ分からないようにする術に長けています。

事件後、同死刑囚が犯行に至った原因について「友達や恋人がいない孤独感」であるとか、生育歴などの環境要因や派遣労働者の過酷な労働状況などの社会的要因などが取りざたされましたが、本人はそれを否定したとの報道もあります。(続く…