四角いスイカ(7/7)

2018年1月26日

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もともときっちりとした仕組みが行き届き、多様性よりも「他者と同質であること」が重んじられてきた日本社会。そこにアメリカを中心とする競争主義がなだれ込み、子どもを取り囲む環境はいよいよ息苦しくなっています。

本来であれば評価の対象になり得ない「心の在り方」や「ふるまい」までが評価対象となり、序列化されます。ごく小さい頃からみなと同じ振る舞いができるかどうかが問われ、ちょっとはみ出しているだけで簡単に「発達障害」と言われてしまったりします。

「ひとりぼっち」と感じる子も多い

競争が激しくなる中で、ごくごく小さいうちにおとな(社会)が提示する枠組みに順応できて結果を出せる「優秀な子」と「そうでない子」が選別され、「そうでない子」に入ってしまったときに、その集団から脱するのはとっても大変です。子ども一人だけの力ではとうていできません。

周囲にその子ならではの“よさ”や本来持っている能力などを信じ、ほめたり、認めたりして、そのままで抱えてくれるおとながいない限り、子ども自身がどんどん自分に「ダメなやつ」のレッテルを貼っていってしまうからです。

しかし残念なことに、そうしたおとなと巡り会える子どもはごく少数です。以前にも紹介したユニセフ・イノチェンティ研究所の調査(「レポートカード7―先進国における子どもの幸せ」(PDFファイル)2007 年2月14日発行)によれば、日本の子どものおよそ三分の一が「自分はひとりぽっちである」と感じていました。

この数字もまた、他の先進諸国と比べ突出した数字でした。

おとなの務めとは

そろそろ子どもを枠にはめるのを止めにしませんか。その方がずっと子どももおとなも気楽だし、子どもは未知数の能力や可能性を示してくれるはずです。

観賞用の四角いスイカより、あるべき形に思いっきり成長できたスイカの方が、どれだけ濃厚で実が詰まったものに仕上がるかは想像に難くないでしょう。

おとな(社会)の都合に合わせた枠を付けるのではなく、一人ひとり違う子どもに合わせ、その子どもが必要とする生育環境を整えてあげることこそ、おとなの務めのはずです。