搾取される子どもたち(7/10)

2018年1月31日

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なにしろ長年、日本社会は“力による子ども支配”を「指導」や「しつけ」という名で許容、いや、積極的に肯定してきました。
そうして、「教師の言うことをよく聞く」「親の望むことをしてくれる」「おとな(社会)にとって育てやすい、社会にとって役立つ子」をつくってきました。

子どもを鋳型にはめるようなやり方は、ひとりひとりの子どもが本来持っている個性や能力が、その子らしい花となって開く機会を潰します。息苦しさに喘ぐ子どもの叫びを封印し、だれも分かってくれない寂しさに泣く子どもの声を奪います。

それでもがんばって反抗しようとする子どもは「非行少年」と呼ばれ、どうにかして「自分は辛いよ」とメッセージを発し続けた子どもは「発達障害」の枠組みにくくられ、無視されていきます。

大川小事件

実は3.11に際しては、生死を分ける極限の状態においてでさえ、子どもの声が活かされず、葬り去ろうとする事件も起きています。
宮城県石巻市の大川小学校で、74名もの子どもが命を落とした「大川小事件」です。

あの日、子どもたちは、最後まで「このままでは死んでしまう!」「先生! 山に逃げよう!」と叫んでいました。地割れを見て怖がって震えていた子もいました。恐怖から吐いてしまう子どももいました。友達と寄り添いながら「明日は生きているのか、死んでるのか」というメモ書きを残した子どももいました。

ところが、共に場にいた先生たちは、そんな子どもたちのメッセージをきちんと受け止めることができませんでした。津波が来るまでの51分間、子どもたちは校庭に留め置かれ、学校のすぐ裏にある、日常的な遊び場になっていた山に逃げた子どもは、連れ戻されたとも聞いています。

登下校中などではない、完全なる学校管理下にありながら、これだけの犠牲を出したのは大川小だけでした。

なぜ究極の叫び声が無視?

もちろん、子どもたちと一緒に亡くなった先生たちをただ責めようというつもりはありません。先生たちも必死で、子どもたちを守ろうとしていたことは間違いないでしょう。

それにもかかわらず、どうして子どもたちの「生きたい!」という、究極の叫び声が、聞き入れてもらえなかったのでしょうか。

さらに言えば、子どもたちの究極の叫びが無視されたのは、震災当日だけではありません。(続く…