感情を失った時代(10/10)

2018年1月31日

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感情を失い、経済活動だけを追い求める人びとには、故郷を追われ、家族離散し、希望を失う人びとの悲しみは分かりません。生活に困窮し、苦しむ人びとの姿も見えません。

私たち日本人は3.11で擬似的な体験を含め、多くの喪失体験をしました。
未だに収束の目処も立たない福島第一原発の事故を目の当たりにし、戦後、日本人を突き動かしてきた「経済発展こそが人を幸せにする」という考えは正しくなかったのではないかという、価値観の揺らぎにも遭遇しました。

つまり、人間の自己を支える基本となる価値観や関係性を失うというとても辛い体験をしたのです。

でも、それは私たちの社会が、戦後手に入れた物質的な豊かさと引き替えに手放してきた大切なもの、ひいては人間らしい生き方ができる社会を取り戻すための大きなチャンスでもありました。

日本が進む方向は・・・

しかし残念ながら3.11を経た今も、日本は、人間らしい生活から離れた方向へ進もうとしているように見えます。それを如実に表しているのが、経済最優先を掲げるアベノミクスを応援する声です。

マスコミでは、高級な嗜好品が飛ぶように売れていると報道されています。株価が上昇したとか、年収を上げる企業が出始めたなどのニュースが「明るい話題」として歓迎されています。

でも、ちょっと考えてみてください。
株価が上がって本当に儲かるのは、もともと莫大な富を持っている大株主ではないでしょうか。少なくとも私のような庶民の生活にはほとんど影響ありません。もし、多少なりとも余裕ができたとしたら「高級品を買うよりも、老後に回したい」と考えるのは私だけではないと思います。

雇用期間があらかじめ定められている有期雇用契約で働く人が4人にひとりを超える今、業績好調な企業の年収が上がったことで恩恵を受ける人はいったいどのくらいいるのでしょう。
しかも今、政府の産業競争力会議(議長・安倍首相)では、正社員より低賃金で解雇しやすく、流動的な働き方を強いられる「準正社員」の雇用を進めることも準備しています。

躁的防衛

現実を直視せず、喪失したものをちゃんと悲しんだり、辛い出来事に苦しんだり、悩んだりするなどの傷つきや悩みを心から追い出し、「前を向いて生きよう」「自分は元気で強いはず」などと、言い聞かせて苦痛を回避する方策を精神分析では「躁的防衛」と呼びます。

躁的防衛が状態化した社会では、辛い現実を受け止め、より建設的・創造的な生き方を手に入れるためのプロセスは失われ、「リアルな感情」は軽んじられます。人々は、株式投資や仕事やネット、スポーツやお酒など、一時の高揚や幸福感を与えてくれるものへと耽溺し、「リアルな感情」を感じないよう、防衛するからです。

こうした防衛は、気休めにはなりますが、根本的な解決にはつながりません。そして人々は、もっと強い娯楽や刺激などの依存対象を必要とするようになり、ますます「リアルな感情」が分からなくなります。

そんな人間が完全に疎外された社会へとこのまま突き進むのでしょうか。
3.11で失われた多くの命に報いるためにも、安倍政権が指し示す未来をきちんと見極める必要があります。