『平気でうそをつく人たち』(8/9)

2018年1月31日

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前回のブログで紹介した『あなたの中の異常心理』の著者である精神科医の岡田さんは、こうしたリア王とコーデリアの性格を「どちらも気性がまっすぐで、誠実だが、その一方で強情で、我の強い一面をもち、一面的な見方にとらわれやすい」(同書138ページ)と述べ、さらにこのような人は「高い観点から事態を俯瞰し、賢明な行動を選択することができない」(同書139ページ)と述べます。

そして「真っ正直でウソがつけず、誠実な性格というものは、その意味で面倒を引き起こしやすい一面をもつといえるだろう。それは、心に二面性を抱えられないという内面的構造の単純さに由来する問題であり、語弊を恐れずに言えば、ある種の未熟さを示しているのである」(同書139ページ)と、分析しています。

社会の教え

私も大枠では、岡田さんの意見に同意できます。

ただ、もう少しだけ付け加えさせていただくのだとしたら、「内面構造の単純さ」に由来する「ある種の未熟さ」は、――少なくとも日本社会においてはーー個人の問題ではなく、社会の教えによるものが大きいのではないかということです。

私たちの社会は、「嘘をつくことはいけないことだ」と子どもたちに教えたがります。

顕著な『心のノート』

たとえばそれは、文部科学省が2002年に道徳の副教材としてつくった『心のノート』(『ノート』)にも顕著です。

小学校1・2年生用の『ノート』には「うそなんか つくもんか」というページがあります。
そこには、うそをついたことに罪悪感を覚える男の子と、男の子がうそをついたことを知っているぬいぐるみや机の上のロボットが、男の子をにらみつけている絵が書いてあります。

そして次のページには「あなたの 心の中の ないしょの はこ」で始まる文章があり、「しまって おきたい ないしょかな 出してしまいたい ないしょかな」との問いがあり、『ノート』を手に取っている子どもに尋ねています。

小学校低学年の子どもでは

このページを読んだのが、「うそをつくことも時には大事」とわきまえているおとなであれば「内緒には、しまっておくべきものとそうでないものがある」と考えることができるでしょう。

しかし、『ノート』が対象とするような小学校低学年の子どもならどうでしょうか。

子どもたちはおそらく、親からも先生からも「うそはいけない」と、日々言われています。当然ながらおとなほどの経験も判断能力もありません。
「ないしょ(うそ)はいけないことなんだ」と、単純に思い込んでしまう危険性はないでしょうか。(続く…