歴史は心的外傷を繰り返し忘れてきた(5/8)

2018年1月31日

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いえ、過去のいじめ事件のときよりもひどいかもしれません。

これは私の印象に過ぎないのですが、今回の事件が「教育委員会解体論」に吸収されていくように思えるのです。

今の教育委員会の在り方が良いとか、悪いとかの議論はまたの機会にして、「なぜ解体論に結びつきそうなのか」だけを述べたいと思います。

ひとつめの理由

理由はふたつあります。ひとつは、この事件をメディアが最も頻繁に取り上げていたのと同時期に、やたらと教員の不祥事が報道されていることです。
興味のある方は、Yahooニュースの「教員の不祥事」を見てください。
5月以降しか載っていませんが、7月中旬からの報道件数が以上に伸びています。

もちろん、大津いじめ自殺事件によって学校や教育委員会がバッシングされていた時期ですので、単純に関連する報道が増えただけなのかもしれません。しかし、タイミング的に「このまま教育委員会に教育を任せておいたら大変なことになる」というムードを高めることも事実です。

報道を利用?

そして以前、このブログの「子どもが危ない」でも書いたように、権力を持った人々がある法律をつくりたいとか、社会体制を変えたいと思っているとき、こうして報道を利用し、国民の心理操作を行うことはめずらしくありません。

たとえば、監視社会をつくるために「子どもが狙われる事件が増えている」と国民の不安感を煽ったり、組織的犯罪対法や(盗聴法)、住民基本台帳法一部改正(国民総背番号制の導入)などを成立させるため、メディアが使われてきたという事実があります(子どもが危ない(5/6))。

だから今回も、「何か意図的な操作が働いているのではないか」と勘ぐりたくなってしまいます。

大津市長の発言をセコンド

もうひとつは、前回のブログで紹介した大津市長の「教育委員会制度の抜本的見直しが必要」との発言を受け、「待ってました!」とばかりに、かねてより「教育(内容)は政治家主導で行われるべき」と主張していた人々がすかさずセコンドしたことです。

その代表格は橋下徹大阪市長でしょう。(続く…