子どもの権利条約と家族(3/5)

2018年2月5日

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冒頭で述べた通り、日本は親子(家族)の分離を禁止した9条について解釈宣言をしています。そうしたこの国において、日本国籍を持たない子どもについて「憲法や入管法をどう解釈するのか」は、難しい部分があります。

しかしだからと言って、子どもが、すくすくと幸せに育つ機会を国が奪っていいはずがありません。子どもは、親も、祖国も、産まれる場所も、自ら選ぶことはできないのです。
もし、従来の法律(やその解釈)で子どもの成長発達を保障できないのであれば、法律の方が変わらなければならないはずです。

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徹底的に子どもの立場に立つ子どもの権利条約

もう一度、子どもの権利条約の話をしたいと思います。

子どもの権利条約は、ひとり一人の子どもが、“世界でたったひとつの宝”として、身心共に成長発達できるよう(6条)願いを込め、そのために必要な歴史的、科学的、国際的英知が詰まった国際社会の約束です。
条約は、徹底的に子どもの立場に立ち、子どもを潰すような行為はいかなる場合にも許しません。たとえそれが主権国家であっても、です。

一切の差別も、条件もなく、この世に生まれたすべての子どもが成長発達できるよう(6条)、子どもがそのままで認められ、ありのままに自分の思いや願い発し、きちんとおとなに応答してもらう権利(12条)を中核にすえています。
そして、そのような関係性を保障する基礎的な集団は家族だと考えています(前文)。

だから、その家族(親)が、虐待やネグレクトをするなど、子どもにとって明らかに良くない影響を与えると思われない限り、家族の分離を禁止し(9条)、子どもの措置に当たっては、子どもの最善の利益を主として考慮するよう説いています(3条)。

国(強者)の論理が優先の日本

ところが、すでに述べたように日本政府の姿勢は180度違います。子どもの成長発達よりも、国(強者)の論理、思惑が優先です。

それは、今回の一件についてだけでなく、ほかのあらゆる子ども関係の施策、対策、法整備等にも見て取れます。

たとえば外国人の子どもに関する教育の問題。文部科学省は、独自の解釈に基づき「日本国民のための」教育以外には、原則として援助を行わないという態度を貫いています。

多くの外国人を安い労働力として22万~11万人(多いときは29万人)も受け入れ、企業の発展のために働かせておきながら、その子どもたちが、母語や先祖から受け継ぐ文化を学べるような、いわゆる民族学校は「学校とは認めない」として、一切の援助を行っていないのです。
日本の学校に通って「日本の国民になる」ための教育を受けようとする場合をのぞいて・・・。

これももちろん、子どもの権利条約違反です。教育の目的(29条)、少数者・先住民の子どもの権利(30条)に反しています。(続く…