家族って?(2/6)

2018年2月5日

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でも私には、そうした一般的な定義がどうもピンとこないのです。
たとえ夫婦や親子でなくても、いえ、夫婦や親子でないからこそ、「成員相互の感情的絆」に基づいて日常生活を共同に営むことができる小集団があります。

たとえば昨年12月末にNHKで放送された『特集 ドキュメントにっぽんの現場「平成長屋の住人たち」』。いわゆる赤の他人同士が暮らしているにもかかわらず、そこには私たちが「家族」に求めてきたような安らぎや思いやりがあります。

また、頼る人の無い方が自立した生活を始められるよう、孤立しないよう、アパート入居時の連帯保証人提供の相談から地域社会への復帰、友達づくりまでをサポートする「自立生活サポートセンター もやい」に集う人々を見ると、助け合う確かな絆が感じられます。

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年越し派遣村の現場リポートから

つい最近では、昨年12月31日から1月5日まで東京の日比谷公園に開設された「年越し派遣村」について同じような気持ちを持ちました。
派遣村にボランティア参加した方があるMLで流した現場リポートを読んだとき「まるで家族みたい」と心底、思ったのです。

そのメールによると派遣村には、多い日だと500人以上もの人がやってきたそうです。
食べ物の列に並ぶ人々の中に派、視点の定まらない顔面蒼白の若者がたくさんいたそうですが、中には関東の北部の方から歩いて来た人や自殺に失敗した人などもいたということでした。

そういう人々を迎えたのはあちこちからかけつけたボランティア。つまり“赤の他人”です。

ボランティアの仕事は様々だったようで、たとえばマッサージ師や美容師など手に職のある人はその技術を提供し、力のある人は荷物運び、夜はみんなで一緒に語り合う・・・など、いろいろなやり方で派遣村にたどり着いた人々を温かく迎えたと書かれていました。

そこには確かに、相手を思いやり、いたわり合う“感情的絆”があったと言ってよいでしょう。

なぜ派遣村へ?

そこで思うのです。
派遣村を目指してこられた方々は、なぜ遠くから、ろくに食べる物もない状態で、わざわざ日比谷までやってきたのでしょうか。
天涯孤独で、“家族”と呼べる親はおろか肉親もまったくいない方々だったのでしょうか?

いえ、きっとそうではないでしょう。

なぜ、そう思うのかと言うと、もう15年も前に私が出会った多くのホームレスの方々の多くも、やはり天涯孤独の身の上ではなかったという経験があったからです。(続く…