少年事件と虐待(4/6)

2018年2月5日

このシリーズの最初の記事へ

「人の顔色を見て、人に合わせて、嫌われないように生きていくのに疲れ、耐えられなかった。すべてを終わりにしたかった」

『東京新聞』(8月8日付け:埼玉版)に載っていた先月19日に父親を殺害した埼玉県川口市の中学生の供述です。

新聞には「『人からどう見られるかが、とても気になる』と自己分析する性格で、『勉強は好きでなかったが、両親によく思われたかった』と小学校時代から塾に通い、中学受験してさいたま市の中高一貫校に進んだ。入学後も友人や両親の目が気になった」とも書かれていました。

自殺も考えたそうですが「家族が周りから自殺した子の親や弟と言われる」と、人の目を気にして思いとどまり、家族全員を殺害することにしたそうです。

そのように結論を出しても何度も決行を思いとどまった中学生が犯行に及んだ理由は、事件当日に保護者会が予定されていたためでした。新聞には「期末試験の成績が分かり、怒られると、自分も両親も嫌な気持ちを持って死ぬことになる」と書かれています。

家族については「今でも『家族のことは好き』と話している」とのことです。

===
中学生の供述は理解できない?

他紙よりも、詳しく中学生の供述を掲載した『東京新聞』でしたが、ここでもやはり“心の闇”という言葉が使われていました。
また、新聞各社は埼玉県警幹部や同世代の中学生らの「理解できない」というコメントを掲載していました。

みなさんはどうでしょうか?

中学生の供述は、驚くほど前回、紹介したA子さんと似ています。
もちろん、この供述だけで、中学生とA子さんが同じような生育歴、家族関係を持っていたと語ることはできません。
でも、少なくとも中学生の家庭には「人の顔色を見て、人に合わせて、嫌われないように生きなければならない」と、子どもが受け止めてしまうような雰囲気があり、子どもが汲々としていることに周囲のおとなが気づいていないということは言えると思います。

心理的虐待とは・・・

昨年7月にも書いた通り(「現実から乖離した教育再生会議(7)」)、最近の虐待(不適切な養育)に関する研究には、殴る蹴るなどの“分かりやすい”虐待を受けた子どもよりも、その子どもの心理的ニーズに応えない親に育てられた子どもの方がより深刻なダメージを受けるという結果が出ています。

もっと言えば、子どもに「欠陥品である」「愛されていない」「他者のニーズに合わせなければ価値がない」などの見方を与える養育者の関わりは、すべて心理的虐待にあたるという指摘もあります。(「Psychological Maltreatment of Children」2001,APSAC(American Society on the Abuse of Children))(続く…