『家族』はこわい(3/6)

2018年2月5日

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ちょうど1年ほど前、そんな私たちが暮らす社会の常識や通念をよく表している出来事がありました。
東京板橋区で寮管理人の両親を殺害し、ガス爆発事件(2005年6月)を起こした少年への判決です。

恐ろしい父の存在

報道等によると、少年の父は寮の仕事を少年にさせ、自分はバイクでツーリングに行くなどしていました。

一生懸命に寮の仕事をこなしても、父が少年をほめることはありませんでした。それどころか「まだここが汚れている」などとあら捜しばかり。

不満を募らせた少年が「なぜ掃除ばかりしなきゃいけないんだ」と直談判すると、「子どもが親の手伝いをするのは当たり前だ」と、少年の心のよりどころだったゲーム機を壊したと言います。

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少年が掃除の手を休めていると、携帯電話やパソコンを壊されたこともありました。
事件前日、勉強のことで口論になったとき、父は「お前とは頭の出来が違う」と少年の頭を激しく揺さぶりました。

おそらく少年にとって、父は自分の毎日を支配する恐ろしい存在だったに違いありません。

少年を担当した弁護士さんからは、「逮捕直後、面会に行くと、少年はいつも面会時間の終わりを告げるために近づいてくる職員の足音に耳をすませ、過敏に反応していました。きっと、いつも父親の足音や気配におびえながら暮らしていたんでしょう」という話も聞きました。

“不幸な母”という十字架

勉強や習い事をさせることには熱心だった母は、お金を工面して少年を海外にホームスティもさせました。

でも、少年の気持ちを理解しようという気持ちは希薄だったようです。生活に疲れ、いつも「死にたい」とつぶやいていた母は、少年の食事の支度もほとんどしなかったと言います。

そんな“不幸な母”を横目に、父親の暴力にさらされて生きざるを得なかった少年の孤独感や絶望感、罪悪感はどれほどに深かったことでしょう。

子どもに安心感を与えられない“不幸な母”は、「母を救ってあげられない」という負い目を子どもに与え、将来にまで影響を与えかねない大きな十字架を背負わせてしまうことも少なくありません。

少年は公判の席で「お母さんは『死にたい』と言っていたし、これ以上へんになるなら、楽にしてあげようと思って殺した」と述べています。(続く…