奈良放火事件から考える(1/3)

2018年2月5日

image060627.jpg 児童虐待がクローズアップされるなかで、虐待(不適切な養育)を受けた子どものトラウマや虐待の世代間連鎖などの研究が進み、アタッチメント(愛着)という概念が再び注目されています。

健全なアタッチメントが形成されることにより、子どもは「自分は愛され、保護されている」と感じ「外界は安全なもの」ととらえることができます。こうした健全なアタッチメントの形成には、いつでも自分に目を配り、自分の気持ちに寄り添ってくれ、自分の欲求に応えてくれる養育者の存在が不可欠です。


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不幸にもそのような養育者に巡り会うことができず、健全なアタッチメントが形成されなかったとき、子どもは安心感を持つことが出来ません。
外界は恐怖に満ちた場所となり、端から見ればなんということはない小さな刺激にも過敏に反応するようになります。「守られている」感覚がないので自分で自分を守ろうとするため、いつでも臨戦態勢を取らざるを得ないのです。今どきの言葉で言えば、「キレやすい」ということです。

6月20日に奈良県田原本町で高校生1年生の長男が自宅に放火し、継母と弟妹の三人を殺してしまうという事件が起きました。
報道によると、長男の家は近所でも評判の教育熱心な家庭でした。勉強部屋をICU(集中治療室)と呼んでいた父親は、長男が小学校の頃から夜遅くまで勉強を教え、成績が下がると殴ることもありました。

事件は、継母が成績表を受け取る予定だった保護者会の日に起こりました。英語の試験のできばえを偽っていた長男は、母親が保護者会に出席すれば父親に嘘がばれてしまうことを恐れていたそうです。母親が父親に何でも告げ口する人だったということも、一因だったのでしょう。母親の告げ口が原因で父親に殴られたこともあったそうですから。
そのような家のなかで、はたして長男は「守られている」感覚を育てられたでしょうか?(続く…